【老後破産を防ぐ、高齢者の資産運用】AIで認知機能を判定?介護・リハビリ職が考える意思決定支援とは
【老後破産を防ぐ、高齢者の資産運用】AIで認知機能を判定?
介護・リハビリ職が考える意思決定支援とは
はじめに
2026年7月23日付の日本経済新聞朝刊「高齢者の投資、AIが動かす 厚労省、認知力に合う取引支援」では、厚生労働省が金融庁・消費者庁と連携し、高齢者の認知機能の判定を補助するAIアプリを開発すると報じられました。
このニュースを通して、私はAIによる認知機能評価そのものには賛成だと感じました。一方で、AIだけで判断するのではなく、家族や医療・介護職が普段見ている生活状況も合わせて評価することが、老後破産を避け安全な資産運用につながるとも考えています。
慶応大学の駒村康平教授らの研究チームと組み、国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所を通じて、早ければ2026年9月ごろから開発に着手する計画です。
このAIアプリは、高齢者が銀行窓口で投資信託を購入するような場面での活用が想定されています。接客中の会話を即座に文字起こしし、商品の特徴や手数料を理解できているか、リスクに照らして自身の状況に合った商品を選べるかを確かめる仕組みです。十分な判断力があると認められた場合には、複数の金融機関で使える「能力証明(パスポート)」の発行も検討されています。反対にリスクが高いと判定された場合は、家族の同席など慎重な対応が求められます。
背景には、高齢者の金融資産の大きさがあります。駒村氏の試算によると、75歳以上の金融資産保有額は660兆円に上るとみられています。日本証券業協会の指針では75歳以上の顧客への投資勧誘に慎重さを求めており、金融機関の多くが自主規制として75歳以上・80歳以上への新商品販売の制限や家族同席の要請を行っています。今回のAIアプリには、こうした制限を客観的な判断のもとで緩和できるとの期待があり、全体の5〜7%程度の金融機関で導入された場合、高齢者の運用資産が320億円増えると試算されています。
また、厚生労働省の2025年(令和7年)国民生活基礎調査によると、世帯主が65歳以上の世帯の平均貯蓄額は1,701万円でした。
一方で、認知機能の低下による金融トラブルや特殊詐欺も深刻な社会問題となっています。警察庁の統計によると、2024年の特殊詐欺の認知件数は2万1,043件、被害額は717億6,000万円と過去最悪を記録し、このうち65歳以上の高齢者被害の割合は65.4%に上ります。こういったトラブルにて老後破産につながるケースもあるようです。
AIを活用して本人の判断能力を客観的に評価し、安全に資産運用できる環境を整える取り組みは、とても重要だと感じています。
しかし、訪問リハビリの現場で高齢者と日々関わっている立場から見ると、短時間の会話だけでは見えない生活上の課題も数多く存在します。
今回は、金融政策の動向と訪問リハビリで実際に経験していることを踏まえながら、高齢者の意思決定支援について考えてみます。
【介護】と【金融】は目指す方向が違うのか
当初私は、金融機関は契約を成立させることが第一なのではないかと思っていました。
しかし、金融庁の資料を確認すると、その印象は変わりました。
金融庁は『顧客本位の業務運営に関する原則』(Principles for Customer-Oriented Business Conduct)を掲げており、高齢者の自己決定を尊重しながら資産を守ることを重視しています。また、金融庁の報告書『高齢社会における金融サービスのあり方』でも、高齢顧客の特性を踏まえた対応の重要性が示されています。
これは、厚生労働省が2018年に策定した『認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン』が掲げる【利用者本人の意思決定を尊重する】という考え方と非常によく似ています。
法的な観点から見ても、民法第3条の2では「意思能力を有しない状態で行った法律行為は無効とする」と定められています。また、金融商品取引法第40条では「適合性の原則」として、顧客の知識・経験・財産の状況・契約締結の目的に照らして不適当な勧誘を行ってはならないと規定されています。
つまり、金融も介護も「本人が安心して自分らしい選択ができること」を目指しているという点では、法制度の土台からして同じ方向を向いていることが分かりました。
訪問リハビリで見える生活のリアル
訪問リハビリでは、一見すると会話もしっかりしており、受け答えにも問題がないように見える利用者さんが少なくありません。
しかし、自宅という生活の場で関わると、病院や窓口では見えない課題が見えてきます。
例えば、
- 郵便物や銀行、保険会社から届いた書類が机の上に山積みになっている
- 本人だけでは整理できず、月に数回来る家族がまとめて確認している
- 保険や訪問販売で「勧められたから契約した」と話される
- 会話は自然でも、詳しく話を聞くと内容の辻褄が合わないことがある
こうした場面は、訪問リハビリではよくある光景です。
だからこそ私たちは、話せるかどうかだけではなく、実際の生活でどのように金銭管理や書類管理ができているかを大切にしています。
【取り繕い反応】という現象
認知症診療の現場では【取り繕い反応】と呼ばれる状態が知られています。日本神経学会の『認知症疾患診療ガイドライン2023』でも、認知機能評価の際にこうした反応への留意が重要とされています。
本当はあまり理解できていなかったり、覚えていなかったりしても、これまでの生活習慣やプライド、【周囲に迷惑を掛けたくない】という気持ちから、自然に話や表情を合わせたり、分かっているように振る舞ったりすることがあります。
そのため、短時間の会話だけでは判断能力を正確に把握できないことがあります。
例えば金融機関では、
「元本割れする可能性があります。」
と説明され、
「はい、大丈夫です。」
と答えられる方でも、帰宅後には契約内容を覚えていなかったり、書類をどこへしまったか分からなくなったりすることがあります。
これは本人が嘘をついているわけではありません。
その場では理解したつもりでも、記憶として保持することが難しくなっている場合があるのです。
今回のAIアプリが会話の文字起こしから理解度を確認しようとしているのは、まさにこの【取り繕い反応】を客観的なデータで補おうとする試みだと感じています。なお、WHOが2019年に公表した認知機能低下・認知症予防に関するガイドライン(Risk Reduction of Cognitive Decline and Dementia)でも、身体活動や社会参加が認知機能の維持に関連することが示されており、生活全体を見る視点の重要性を後押ししています。
AIだからこそ期待できること
一方で、AIにも大きな可能性があります。
人は経験や印象で判断してしまうことがありますが、AIは会話速度や回答内容などを客観的なデータとして評価できます。日経記事にもある通り、現在は担当職員やその上司が会話などから認知機能を個別に主観的判断をしており、職員によって対応の差が生じやすいという課題があります。客観的な基準を示すツールがあれば、この差を縮められる可能性があります。
私は、このような客観的な評価は今後ますます重要になると思います。
ただし、その結果だけで契約の可否を決めるのではなく、
- 家族からの情報
- 主治医の意見
- ケアマネジャー
- 訪問看護
- 訪問リハビリ
など、普段の生活を見ている専門職の情報も合わせて判断することで、より本人に合った意思決定支援につながる可能性があると思います。
厚労省が今回の記事で示している『結果は契約の可否を判断する補助資料として用いる』という位置づけは、まさにこの考え方と一致していると感じます。三菱UFJ信託銀行 資産形成研究所のレポート(Report No.59「高齢期における金融商品の在り方について」)でも、高齢期の金融商品提供にあたっては本人の状況に応じた多角的な配慮が必要だと指摘されています。
なお、記事では遺言作成時にAIで声を分析し、本人の理解度を確認する仕組みの構築にも触れられています。相続トラブルの多くは、十分な判断能力のある状態で遺言が作られたかどうかを巡って生じるため、この分野での活用にも注目しています。
独居高齢者ではさらに重要になる
特に心配なのは、独居高齢者や身寄りの少ない方です。
家族が同居している場合は、
「最近書類が増えている」
「変な契約をしていないかな」
と気付くことができます。
しかし、一人暮らしでは気付く人がいません。
訪問サービスだからこそ、
「最近郵便物が急に増えた」
「同じ契約書が何枚もある」
「何度も同じ金融商品の話をしている」
といった小さな変化に気付くことがあります。
こうした気付きが、金融トラブルを未然に防ぐことにもつながります。
日本老年医学会の資料でも、高齢期における生活機能の維持には多職種による継続的な関わりが重要とされており、金銭管理の課題もその一部として捉えることができます。
まとめ
AIによる認知機能評価は、高齢者の自己決定を支える新しい仕組みとして期待されています。
私も、この取り組みには賛成です。
しかし、AIだけでは生活全体を評価することはできません。
今回の記事を書くにあたり、金融庁の資料も改めて確認しました。
調べる前は、金融機関は【契約を優先する立場】なのではないかという印象を持っていました。
しかし実際には、高齢者の資産を守りながら本人の自己決定を尊重する【顧客本位】という考え方が示されており、介護保険で行っている利用者主体の意思決定支援と共通していることが分かりました。
AIは現時点では完全なものではありません。しかし、客観的なデータに基づき、人の判断を支援してくれる重要なツールになると思います。
大切なのは、AIだけに任せることではなく、家族、金融機関、医療・介護職がそれぞれの専門性を持ち寄ることです。
金融・医療・介護が連携することで、高齢者が安心して資産を管理し、自分らしい生活を続けられる社会につながることを期待しています。
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背景知識・考察の参考文献
日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2023』/World Health Organization (WHO). Risk Reduction of Cognitive Decline and Dementia: WHO Guidelines. 2019./日本老年医学会『健康長寿診療ハンドブック』『高齢者診療ガイドライン』/三菱UFJ信託銀行 資産形成研究所『高齢期における金融商品の在り方について』Report No.59/警察庁「令和6年中における特殊詐欺の認知・検挙状況等について」




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