【運動がニガテでも問題なし】 シニア世代のフレイル予防はお出かけから|社会的処方・博物館処方とは
【運動がニガテでも問題なし】
シニア世代のフレイル予防はお出かけから|社会的処方・博物館処方とは
はじめに:「健康のために運動しなきゃ」と思っていませんか?
「膝や腰が痛くて運動は苦手」「筋トレは続かない」「親に運動してほしいけれど嫌がる」——訪問リハビリの現場でも、このようなご相談を受けることは少なくありません。
実は、60〜70代のフレイル予防は、必ずしも筋トレやウォーキングだけではありません。近年、世界的に注目されているのが【社会的処方(Social Prescribing)】という考え方です。これは医師や医療・介護職が薬や治療・手術だけではなく、地域活動や趣味、文化活動などを健康づくりの「処方」として勧める取り組みです。
その中でも近年注目されているのが【博物館処方(Museums on Prescription)】です。博物館や美術館へ出掛けることが、自然な運動となり、脳への刺激となり、人との交流を生み、フレイル予防につながる可能性がデータで報告されています。
今回は訪問リハビリの現場で感じていることも交えながら、【楽しみながら健康になる運動以外の選択肢】を紹介します。
1. フレイルとは?放置する問題と改善する方法
フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間にある「心身の機能が低下した状態」です。
加齢とともに、
- 筋力が低下する
- 歩く機会が減る
- 人と話さなくなる
- 食欲が落ちる
といった変化が少しずつ積み重なることで、要介護状態へ近づいてしまいます。
しかし、フレイルには大きな特徴があります。それは「早い段階で対策すれば元の元気な状態に改善できる(可逆性がある)」ことです。
日本老年医学会でも、早期から身体活動・栄養・社会参加を組み合わせることが重要であるとされています。
2. 60〜70代のフレイル予防で【運動だけ】が長続きしない理由
リハビリの現場では、「毎日スクワットをしてください」「散歩を30分してください」とお伝えすることがあります。もちろん運動は大切です。
しかし実際には、「今日は面倒だからいいや」「雨だからやめよう」となってしまう方が少なくありません。
一方で、
- 今日は孫と会う
- 美術館へ行く
- 好きな買い物をしに行く
といった目的がある外出になると、はつらつとして自然に身体が動きます。これは訪問リハビリでも何度も経験しています。
〈歩くこと〉〈運動すること〉そのものを目的にするのではなく、〈行きたい場所へ行くこと〉〈やりたいことをやる〉が目的になることで、人は自然と活動量が増えることがあります。
3. 世界で注目される【社会的処方】とは?
社会的処方とは、イギリスのNHS(国民保健サービス)を中心に普及した取り組みです。NHS England の定義によれば、地域の活動・団体・サービスと人々をつなぎ、健康や幸福に影響する実生活・社会・感情面のニーズに応えるアプローチとされています。
薬だけでは改善しにくい
- 孤独
- 閉じこもり
- 運動不足
- 軽いうつ状態
などに対して、地域活動、ボランティア、音楽、園芸、読書、文化活動などを紹介し、人とのつながりを作ることで健康改善を目指します。
近年では日本でも社会的処方への関心が高まっており、地域包括ケアシステム(地域共生社会)との親和性も高いと考えられています。
4. なぜ「博物館処方」がフレイル予防に効果的なのか?
社会的処方の一つとして世界中で実践が進んでいるのが【博物館処方(Museums on Prescription)】です。
博物館や美術館へ出掛けることで、
① 自然と館内を歩き(運動)
② 展示を見て考え(認知刺激)
③ 家族や友人と会話を楽しむ(社会交流)
という3つの効果を一度に得ることができます。
客観的な研究データ
実際に英国のUniversity College London(UCL)が約6,710人を対象に14年間追跡した研究(Fancourt & Steptoe, BMJ, 2019)では、以下のような結果が報告されています。
この研究では、博物館や美術館に限らず、劇場・コンサート・オペラ・展覧会なども含めた「文化的な外出」全般への参加頻度を調べていますが、博物館処方の考え方の裏付けとなる代表的な研究として広く引用されています。
- 数か月に1回以上、頻繁に参加していた人は、参加しなかった人と比べて死亡リスクが31%低いという結果でした(追跡期間中の死亡率は年間1000人あたり2.4人)
- 年に1〜2回程度、稀に参加していた人でも、死亡リスクは14%低いという結果でした(同3.5人 対 6人)
この結果は、健康状態・年齢・経済状況などの要因を考慮しても変わらなかったと報告されています。
もちろん、「博物館へ行けば長生きする」という単純な意味ではありません。外出する習慣を持ち、社会とのつながりを感じ、身体と脳を自然に使っている生活そのものが、結果として健康につながっていると考えられています。
5. 訪問リハビリの現場で感じる【目的】の大切さ
訪問リハビリでは、「運動してください」だけでは続かない方でも、
「今度、見たい絵があるから、美術館へ行きたい」
「休みの日に、孫と博物館へ行きたい」
という目標ができると、自主練習へ驚くほど前向きになる場面を数多く経験します。
股関節の手術後に退院されたご利用者様で、「以前よく美術館へ行っていた。また美術館へ行きたい」という目標を立てられた方がいました。
その目標ができてからは、美術館へ行くために必要な歩行練習や自主トレーニングにも前向きに取り組まれるようになりました。リハビリでは屋外歩行や段差昇降などを練習し、最終的には短時間ではありましたが、美術館内を歩いて展示を鑑賞できるようになりました。
例えば、「玄関の段差昇降練習」「屋外歩行練習」「階段練習」「バスや電車の利用練習」といったきついリハビリも、「展示を見に行く」という具体的な目標があることで、意味のある楽しい練習へ変わります。
リハビリの本当の目的は筋肉を鍛えることではありません。【やりたいことを実現し、自分らしい生活を楽しむこと】こそが、最も大切だと私は考えています。
6. 今日から始められる!【博物館処方】お出かけ習慣3ステップ
「博物館や美術館に興味はあるけれど、いきなり行くのは不安…」という方は、まずは小さな一歩から始めてみましょう。
ステップ①:近くの小さい美術館・博物館から行ってみる
最初から大きな美術館へ行く必要はありません。市町村が運営する郷土資料館や歴史館は、入館料が無料または数百円程度の施設が多く、展示規模もコンパクトなため体力的な負担が少なく済みます。空いていることも多く、休憩が取りやすいこともあります。
ステップ②:全部まわる必要はありません
規模によっては、かなりの時間を要することがあります。無理なく、疲れたら館内のベンチで休み、満足したら帰ってもいいと思います。自分のペースで無理なく続けることが一番大切です。
ステップ③:小さな楽しみをセットにする
「展示を見たあとに喫茶店でお茶を飲む」「帰りに好きなお菓子を買う」「家族と写真を撮る」など、楽しみを組み合わせることで、「また行きたい」という前向きな気持ちにつながります。
まとめ
60〜70代のフレイル予防では、筋トレやウォーキングだけが正解ではありません。
- 運動がニガテなら「地域とのつながり・お出かけ(社会的処方)」を選ぶ
- 【博物館処方】は、身体・脳・心を自然と同時に刺激できる健康法の一つ
- 「やりたいこと・楽しみ」ができると、日々のリハビリや自主トレも前向きに変わる
「健康のために運動しなければ」と構えるよりも、「行ってみたい場所を見つけよう」と考えた方が、結果的に長続きすることも少なくありません。
まずは今週末、お住まいの地域にある歴史資料館や美術館を検索してみませんか。その一歩が、フレイル予防だけでなく、毎日の生活をもっと豊かにしてくれるはずです。
med-care-design 運営者
- 訪問リハビリテーション歴 10年以上
- 作業療法士(OT)
- 介護支援専門員(ケアマネジャー)
- 福祉住環境コーディネーター2級
- 現在は管理職として後進の指導にあたりながら、自身も臨床業務を継続中
延べ百件以上の患者様宅に訪問し、さまざまな場面を見てきました。患者様の生活する力を可能な限り伸ばすことを意識してリハビリテーションを行なっています。現場で得た気づきと、学会ガイドライン・専門医の解説・公的統計などの根拠を、必ず両方そろえて発信することを心がけています。
※本記事のうち「実際の場面」「訪問リハビリの現場で感じること」は筆者自身の臨床経験に基づく内容、それ以外の学術研究・制度に関する内容は本文中に記載の研究機関・公的機関の情報を出典としています。
日本老年医学会・日本サルコペニア・フレイル学会『フレイル診療ガイド2024』/Fancourt D, Steptoe A. The art of life and death: 14 year follow-up analyses of associations between arts engagement and mortality in the English Longitudinal Study of Ageing. BMJ. 2019;367:l6377./NHS England "Social Prescribing"/厚生労働省「地域共生社会の実現に向けた社会的処方に関する資料」/東京都美術館・国立台湾博物館『博物館処方箋 実践ガイドブック』/WHO(世界保健機関)"Integrated Care for Older People(ICOPE)"


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