【中国が2028年に介護保険制度を本格導入】
65歳以上2.2億人市場の衝撃。日本の経験から考える課題とビジネスチャンス
はじめに:世界最大の「高齢化市場」が動き出す
2026年6月26日付の日本経済新聞朝刊「中国、全国で介護保険導入 65歳以上は2億2000万人 施設は不足、地域に格差」によると、中国は2028年末をめどに介護保険制度を全国で導入する方針です。これまでは上海市や広東省広州市、四川省成都市など一部地域での試行にとどまっていましたが、これを全国に拡大します。
対象となる65歳以上の人口は、2025年時点で2億2,365万人、中国の総人口の16%に達しています。これは日本の総人口を大きく上回る規模であり、世界最大級の介護市場が誕生することになります。
中国共産党と政府が2026年3月に公表した意見によると、要介護状態が原則6カ月以上続いている保険加入者を対象に、必要な介護サービスを提供する仕組みです。財源は雇用主・個人・政府などが負担し、保険料率は0.3%前後とされています。導入初期は寝たきりなど重度の要介護状態と認定された人を対象とし、将来的に受給対象を広げていく方針です。中国メディアによれば、要介護者は2021年時点で3,500万人に上り、高齢者全体の1割を超えるとされています。一人っ子政策の影響で少子化も進んでおり、子どもが両親の介護を支える負担が大きくなりがちだという事情も背景にあります。
日本では2000年に介護保険制度が始まり、25年以上にわたり制度の改善が続けられてきました。日本で制度を導入した2000年当時、65歳以上の人口比率は17%でしたが、現在は29%まで高まっています。ちなみに、要支援・要介護の認定者数は2025年10月末時点で約735万人です。その経験は、これから制度を築いていく中国にとっても重要な参考になるはずです。
今回は、日本の制度運営や現場経験を踏まえながら、中国の介護保険導入がもたらす課題と可能性について考えてみます。
ポイント1 日本の経験から見える制度運営の課題
介護保険制度は、高齢者の生活を支える重要な仕組みですが、運営には大きな課題があります。
① 財政負担の増加
日本では高齢化の進行に伴い、介護給付費や介護保険料は年々増加しています。
中国では導入初期、寝たきりなど重度の要介護者を中心に給付を開始し、将来的に対象を広げていく計画です。新制度では、介護保険の給付額は前年度の可処分所得の半分までと定められていますが、中国は地域ごとの所得差が大きく、住民1人あたりの可処分所得は最も高い上海市で9万1,987元(約219万円)、最も低い甘粛省では2万8,224元と、3倍以上の開きがあります。景気停滞で財政難に直面する地方も多く、政府の資金拠出が滞ればサービスの体制や質に地域差が生じる懸念も指摘されています。
日本が歩んできた制度運営の経験は、中国にとって重要な教訓となるでしょう。
② 専門職の人材不足
制度が整っていても、それを支える専門職が不足すれば十分なサービスは提供できません。
日本でも介護士や看護師、リハビリ専門職の不足が続いており、利用者が希望どおりにサービスを受けられない地域もあります。中国でも、高齢化に対して介護施設のベッド数が追いついていない現状や、介護現場を支える人材不足への懸念が指摘されています。
中国ではさらに大規模な人材育成が必要となるため、人材確保は制度成功の大きな鍵になると考えられます。
ポイント2 巨大市場が生み出す新たなビジネス
一方で、介護保険制度の導入は医療・介護関連企業にとって大きな成長機会でもあります。
公的保険が利用できるようになることで、これまで自己負担だった介護サービスや福祉用具の利用が広がる可能性があります。実際に、河北省で歩行器や手すりなど介護向け商品を手がける企業の営業担当者も、保険制度の整備を機に介護施設の整備が進むと期待を寄せ、事業機会を捉えようとする動きがすでに出てきています。
特に需要拡大が期待される分野は次のとおりです。
- 福祉用具(歩行器・車いす・介護ベッドなど)
- リハビリ機器
- AI・IoTを活用した介護DX
- 在宅介護支援サービス
- 介護施設運営・コンサルティング
日本企業は介護保険制度の運営や福祉用具開発、リハビリテーション分野で長年の実績があります。中国市場への製品提供だけでなく、制度設計や人材育成など幅広い分野で活躍する可能性があります。
ポイント3 介護分野のデジタル化は、中国の後追いになるかもしれない
このニュースは中国だけの話ではありません。
正直に言うと、介護保険分野で働く実感として、この業界のデジタル化は他業種と比べて遅れていると感じています。サービス提供票のやりとりひとつとっても、紙面やFAXでの手続きがいまだに数多く残っています。
こうした事務処理の多さは、本来もっとも大切であるはずの利用者様への対応時間を圧迫してしまう一因にもなっています。書類を整えることに追われ、目の前の方とじっくり向き合う時間が削られてしまう。現場にいると、そのジレンマを日々感じます。
中国は制度そのものをこれから作り上げていく段階にあります。裏を返せば、日本のように長年の紙文化を引きずった仕組みをゼロから作らずに済む、という側面もあるかもしれません。もし中国が制度設計の当初からAI・IoTを前提としたデジタル基盤で介護保険を運用し始めれば、皮肉にも「後発の中国が先に効率化を実現する」という展開もあり得ます。
そうなれば、日本の介護現場にとっても良い刺激になるはずです。中国での取り組みが一つのモデルケースとなり、日本国内のデジタル化を後押しする可能性は十分にあると感じています。今後は「専門知識」と「テクノロジー」を組み合わせて活用できる人材が、より求められる時代になるでしょう。
【現場で感じること】
私自身、10年以上にわたり訪問リハビリテーションに携わる中で、「介護サービスがあるおかげで今の生活を続けられている」「病院や施設へ通うことが難しいので、自宅まで来てもらえて本当に助かっている」と話される利用者様を数多く担当してきました。
一方で、サービス利用の調整や専門職の人材不足により、希望する頻度でリハビリや介護サービスを受けられないケースも少なくありません。
介護保険制度は利用者の生活を支える重要な社会基盤ですが、現場では多くの課題も抱えています。
日本では25年以上にわたり制度の改善が続けられてきました。それでも高齢化や人材不足、そして紙とFAXに頼った事務作業への対応は現在も続いています。
これから世界最大規模となる中国の介護保険制度がどのように発展していくのか。その動向は、日本の医療・介護に携わる私たちにとっても、多くの学びを与えてくれると感じています。
まとめ
中国の介護保険制度導入は、世界最大級の介護市場の誕生を意味します。
一方で、日本が経験してきたように、制度運営には財政負担や人材不足、地域格差といった課題も避けては通れません。
しかし、視点を変えれば、福祉用具や介護DX、リハビリテーション、在宅ケアなどの分野には大きな可能性があります。特にデジタル化については、後発の中国が先進的な仕組みを取り入れることで、むしろ日本が学ぶ立場になる場面が出てくるかもしれません。
医療・介護専門職として世界の動向に目を向けることは、自身の専門性を高めるだけでなく、新たなキャリアやビジネスの可能性を考えるきっかけにもなるでしょう。
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med-care-design 運営者
- 訪問リハビリテーション歴 10年以上
- 作業療法士(OT)
- 介護支援専門員(ケアマネジャー)
- 福祉住環境コーディネーター2級
- 現在は管理職として後進の指導にあたりながら、自身も臨床業務を継続中
延べ百件以上の患者様宅に訪問し、さまざまな場面を見てきました。患者様の生活する力を可能な限り伸ばすことを意識してリハビリテーションを行なっています。現場で得た気づきと、学会ガイドライン・専門医の解説・公的統計などの根拠を、必ず両方そろえて発信することを心がけています。
※本記事のうち「現場で感じること」「ポイント3」は筆者自身の臨床経験に基づく内容、それ以外の統計・制度に関する内容は本文中に記載の報道機関・公的機関の情報を出典としています。
日本経済新聞(2026年6月26日朝刊)「中国、全国で介護保険導入 65歳以上は2億2000万人 施設は不足、地域に格差」/厚生労働省「介護保険制度の概要」/厚生労働省「介護保険事業状況報告」/内閣府『令和6年版 高齢社会白書』/中国国家統計局「第七次全国人口普査(国勢調査)」/世界保健機関(WHO)"Decade of Healthy Ageing 2021–2030"


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